ファッハヴェルクの構造
小屋組みに限ってみると、合掌屋根となっており、これはローマなどのモヤ屋根と構造的に異なるし、勾配もかなり急である。中世都市のファッハヴェルク建物の町並みを思わせる景観は多くの所で残されているが、これがドイツ人のゲルマン的自己意識の重要な媒体となっていると言っても良いだろう。(右図参照)

 現在では住宅を中心に一般に組積造の工法が採用されているが、床(小屋裏の床も含む)は鉄筋コンクリートであっても、勾配屋根の場合には小屋組みは木を使っている。住宅では内装に木を使う場合も多く、生活の中で、木は多く使用されている。

 大都市では経済発展と共に、近代の歴史的過程で改造が進み、木造建築は殆ど姿を消している。しかし、近代化の波から、そして戦火からのがれた小さな都市で中心部には伝統的な真壁木構造の建物が群として残っている所も多い。
ファッハヴェルクの建物

 日本は木の文化、そしてこれとの対比でヨーロッパは石の文化と言われることがある。文化的内容の吟味はともかく、かつてはそのヨーロッパの一国のドイツでは木造の建造物が一般的であった。そこには別の形の木の文化があったと思う。

 例えばドイツ第二の都市であるハンブルクでも19世紀の半ば頃の大火以降、徐々に減っていったものの、木造の建物は一般的であったと言える(だから、現在の一部の市庁舎辺りも多くの建造物が焼失し、それを機会に大々的な区画整理が行われ、現在のような景観ができあがった)。その様子は観光名所でもあるクラマーマムツヴォーヌンクで見ることができる。
 またフランクフルトの歴史的中心であるレーマーでもかつては木造の大規模の建物が建てられていた。現在、そこに見るものはその再建であるが、当時の面影を幾ばくかは偲ぶことができる。全体では戦火によって2000以上の木造建築が破壊されたそうである。
ドイツの建築
ドイツの木造真壁の構造

ドイツの木造真壁構造は、仕組みについては日本のものと非常に似た部分もある。
 まず、石積み基礎の上に土台を置いて、それに柱を立てる。その柱の上部には、平屋の場合、妻梁と軒桁が取りつけられる。
 2階建ての場合には、一階上部の胴差の上に根太が置かれると共にその上に柱が立てられるか、根太の上に台輪が置かれて、土台と同様にその上に2階の柱が立てられる方式がある。その柱の上に、1階建ての場合と同様に、妻梁と軒桁が取りつけられる。
 台輪を用いる方式もよく見かけるが、場合によれば2階の根太を少し外に突出して2階の床面積を多くしようとするものもある。階数が大きくなると1m以上も突き出しているものもある。
 小屋組みは合掌を用いるが、対面する合掌の間をつなぐ梁を喉梁[Kehlbalken]と呼んでおり、この梁の名称からこの屋根を喉梁屋根[Kehlbalkendach]と呼んでいる。合掌は桁梁に置く場合と、小屋梁に置く場合とがあるようだ。

ヨーロッパの木造建築の分布

 ドイツの木造真壁構造は文化圏に応じて地域的に独自な発展をしている。その類型は伝統的には北ドイツの@ザクセン様式(sachsisch)、中部ドイツのAフランケン様式(frankisch)、南ドイツのBアレマン様式(alemannisch)の3様式に分類されている。
 この中で最も勢力を得たのはフランケン様式で、フランケン地方だけでなくライン地方、あるいは西の現フランス領であるストラスブールまでにも広がっている。これにザクセン様式、アレマン様式が続く。 
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木造真壁構造の建物
左図はヨーロッパの木造建築の分布を示しているが、フランケン様式とアレマン様式は一緒に扱っている。
←ドイツの位置をクリックすると木造真壁構造の地域間の比較と経年変化が見られます。
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未定